バイアグラの可能性
だから散文体とか、配列とか、Tに言わせると「E・Bのような文章を書く」能力にかかわる。
もちろん練習を積むことでそれぞれの能力は伸びていくが、高度な言語能力を発揮するためには、左右のウェルニッケ野のあいだで情報が円滑に行き来することが不可欠だ。
10代に脳の言語野で起こるミエリン鞘形成が、それに関係しているとTはにらんでいる。
「10歳の子どもに、休みの日に何をしたか書かせると、「ここに行きました、あそこに行きました」という電報みたいな文になる」とT。
「しかし10代後半になると、同じ内容でも感情表現が豊かになるし、文章にまとまりが出てくる」思春期の脳でのミエリン鞘形成は、ウェルニッケ野や言葉に影響を与えるだけではない。
Tが最近発見したことだが、脳梁のなかで神経線維が頭頂皮質に通じている領域、つまり論理を扱う部分は、7歳ぐらいになるまでミエリン鞘形成が始まらないという。
「頭頂皮質がとくに活発になるのは、数学や論理的思考、あるいはクロスワードパズルをやっているときだ。
この領域の白質が厚みを増してくるのは身体が成熟するころだが、それも納得がいく。
小さい子に代数を教えてもしかたないからね」T・Pは、モントリオール神経学研究所に所属する若いチェコ人神経科学者だ。
彼はJ・Gのスキャン画像を使った最近の研究を学術誌《S》に発表した(Gはティーンエイジャーの脳スキャン画像を世界中の研究者に提供している)。
それによると、思春期になってもミエリンが盛んに増えている領域がほかにもあった。
ひとつは重要な言語野であるB野とウェルニッケ野をつなぐ弓状束というところ。
そしてもうひとつは、キーボードを見ないでタイピングをしたり、すばやく靴の紐を結ぶといった、精密な運動感覚にかかわる複数の領域をひとくくりにしている場所である。
ミエリン鞘のこのような増えかたは、遺伝子にあらかじめプログラミングされていることなのか、あるいは使っているうちにそうなるのか。
複雑な文章を組みたてて話しているうちに、弓状束がどんどん太くなっていくのか、それとも弓状束のミエリン鞘形成が先に起こって、その結果むずかしい文章が口から出るようになるのか。
それはまだわからない。
いずれにしても、思春期ともなれば脳は「あらかた」完成しているというのが、そう遠くない昔の定説だったのに、実はこんなに根本的な構造変化が起こっていたのである。
これには多くの神経科学者が驚いている。
まったく何もつけない、或いはバイアグラを常とするバイアグラもあるが、貴重な価値があるものである。